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ベン・ホーガンというゴルファー

ベン・ホーガン
1912年8月13日 生まれ
アメリカのプロゴルファー

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私がゴルフを始める前から、ベン・ホーガンという人の名前は知っていました。それは、明らかに父親の影響が大きいです。ベン・ホーガンの書籍も多くありましたし、父親が使っていたゴルフクラブがベン・ホーガンの名前が刻まれたゴルフクラブだったことを覚えています。

1番アイアンとか2番アイアンとかあったような気がします。

ベン・ホーガンの自伝というか、どのようなゴルフライフを送ってきたかという書籍がありまして、その書籍名は忘れてしまいましたが、その書籍にはベン・ホーガンのことが細かく記述されており、物語となっていました。その書籍を読んで世の中には凄い人が居るんだなと感動した記憶があります。時が経って、自分がゴルフをやりはじめることになるとは考えもしなかった頃でした。

ベン・ホーガンの身長に関しては諸説あり、170センチ、174センチくらい、175センチと言われており、体重も書籍によっては誤差があり66Kg、64Kgだったと言われています。どちらにしろ、確実にいえることはプロゴルファーとして身長も低いし、体重も軽いということが言えます。

また、ラウンド中は他の選手とは殆ど会話をしなかったと言われています。これは、きっとベン・ホーガン自身が自分のことを理解していたからこその行動ではないかと思います。性格的には、おしゃべりだからです。おしゃべりというか、話をすること、会話をすることが大好きなので、しゃべりだすとゴルフにならなかったのではないかと勝手な推測を立てることが出来ます。

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ツアーに出始めた頃のベン・ホーガンはフックボールに悩まされていました。フックボールがコントロールできずにスコアをまとめることができなかった時期があります。その時に、ベン・ホーガンは自分のラウンドの運び方、スイング分析、自分のラウンドを細かく分析をして、何が足らなくて、何が必要なのかを明確にしました。

天才的な才能があったわけではなかったことを感じさせるベン・ホーガンは、まさしく努力の人、そして自分のスイングを分析して、完璧なスイングを身に付けるために追求していました。

ゴルフ上達にはボールを打つこと。

10,000球打つことという言葉も残しています。

あらゆるショットを試みて、1,000球打っていないショットは無いという話もあります。どのようなショットを打っても、自分のなかでコントロールが出来るようにしようと考えていたことが窺えます。何度も何度も打ち続けて、その反復練習がいつしか、機械的なスイング・・・と言われるようになったのです。

考えられないほどの探究心があり、自分のスイング、自分のゴルフラウンドでの振る舞いを分析していたのだろうと思います。ベン・ホーガンが伝説的なゴルファーになった理由としてはスイング技術の素晴らしさだけではなく、不屈の精神を持ったゴルファーだったからです。

ベン・ホーガンは自動車を運転中にバスと正面衝突の事故に遭ってしまいます。

事故で負った怪我は、骨盤骨折、肋骨骨折、鎖骨の骨折、左足のくるぶしにダメージを受けてしまい、身体の複数個所に血栓が出来てしまい、怪我が完治しても歩くことは難しいと医者に言われるほどの怪我でした。事故から約1年後(11ヶ月後)には、試合に参戦をしていたというから驚きです。しかも片足を引きずりながらラウンドをしていたとのこと。

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不屈の精神、研究熱心で完ぺき主義なベン・ホーガン。天才ではなく努力の人。そして、確実に結果を出すために努力をしていたのだろうと思います。鍛錬に鍛錬を重ねた完璧を求めたプロゴルファーと言えます。

ちなみに、20年間の選手生活で獲得した賞金は40万ドル程度だったと言われており、亡くなったときに残された財産は3000万ドルもあったという話もあり、ベン・ホーガンはマネーリテラシーが高かったことが窺えます。もしかしたら、お金が大好きだったのかもしれませんね。

もしかしたら、もっと稼ぎたかったのかもしれません。

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