ゴルフ女子と早朝スルー後の昼食からの

前回の記事からの続きです。

早朝スルーを終えたあとの、身体に残る熱

早朝スルーラウンドを終えてクラブハウスに戻った頃、時計を見るとまだ昼前にもかかわらず、身体の内側にはそれなりの疲労感と、運動後特有のじんわりとした熱が残っていました。

朝の澄んだ空気の中で動かし続けた身体は正直で、シャワーを浴びたいという欲求が、自然と頭をもたげてきます。流れとして不自然にならないよう、ごく当たり前の確認事項のような口調で、「お風呂、入っていく?」と彼女に聞いてみました。

あっさりと断られた一言が、想像を膨らませる

彼女は少し考える素振りを見せることもなく、「ゴルフ場のお風呂は入らないかな」と、実にあっさりと答えました。その言葉自体には何の含みもなく、むしろ淡々としていたからこそ、こちらの頭の中だけが余計な想像を始めてしまう。人間というのは、選択肢を断たれると、なぜかその先を強く意識してしまう生き物です。

ゴルフウェアのまま外へ出るという、妙な開放感

結果として、ゴルフウェアのままゴルフ場を出て、どこかで軽く食事を取ろうという流れになりました。まだプレーの余韻が身体に残っている状態で、私服に着替えず、そのまま外へ出るというのは、少しだけ日常からはみ出した感覚があります。というのもゴルフウェアというのは、やっぱりゴルフ場だから着れるという感覚がありますから、タウンユースには向いてないというか、ちょっと派手かもという感じですからね。

空腹感もそれほど強くなく、重たいランチよりも、カフェでブランチ的に軽く済ませるくらいがちょうどいい。そういう曖昧な時間帯のほうが、不思議と距離が縮まったりするものです。

どうしても頭をよぎる、不埒な考え

女性と2サムで早朝スルーを回り、そのままゴルフウェア姿でゴルフ場を後にする。
この状況で、何も考えない男がいるでしょうか。

「途中で汗を流すために、どこかでお風呂に寄る流れになったりして……」

そんな不埒な想像が、ほんの一瞬、脳裏をかすめたのも事実です。

もちろん、そんな空気を表に出すほど、こちらも若くはありません。
平静を装いながら、何事もなかったかのように車を走らせました。

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ラウンドでは話せなかった距離感

ラウンドフィーは、私が彼女の分もまとめて支払い。特別な意味を持たせるつもりはなく、ただ、そのほうが流れとして自然だと思っただけです。ゴルフをしている間は、どうしてもプレーに集中してしまい、個人的な話を深く掘り下げる余裕がありません。

だからこそ、カフェで向かい合って座る時間は、それまでとは少し違う空気をまとい始めます。

コーヒーを挟んで近づく視線

コーヒーが運ばれてきて、ようやく肩の力が抜けたところで、会話は自然とゴルフ以外の話題へと移っていきました。仕事のこと、普段の生活のこと、何気ない話の中に、相手の価値観や距離感が垣間見える。

その流れで、こちらとしてはやはり気になることを聞きました。

今、恋人はいるのか。
彼氏はいるのか。

彼女は少しも間を置かず、「いないですよ」と、軽く笑って答えました。
その軽さが、逆にこちらの想像力を刺激します。

まだ、どんな言葉を使って接して良いか判らない距離感。年齢が離れているので、敬語の方が良いのか、だけど親密になるには敬語じゃない方が良いのか、どんな言葉選びが良いのか迷いながら話してるような雰囲気が可愛かったです。

「なんでも聞いていいですよ」という許可

正直なところ、あまり踏み込みすぎるとハラスメントになるかな、という意識は常にあります。ところが彼女は、こちらの遠慮を見透かしたように、

「そんなの気にしなくていいですよ。なんでも聞いてくれたほうが、分かりやすいですし」と、さらりと言いました。
この一言で、場の温度がほんの少し上がった気がしました。
恋愛プロセスにおいて、質問は相手への興味を示す、極めて分かりやすいサインでもあります。

若さが持つ、抗いがたい空気

若い女性というのは、特別なことをしなくても、そこに存在するだけで空気を変えます。
視線の送り方、何気ない仕草、声のトーン。
そうした一つひとつが、こちらの理性を少しずつ削っていく。
可愛いですね、正直。
だからこそ、距離を間違えると面倒になるのも、また事実です。

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名残を残して別れるという選択

あまり長く一緒にいると、こちらのほうがエネルギーを消耗してしまう。
そう感じたところで、カフェを出て、彼女を送っていきました。

もっと一緒にいたい気持ちを、あえて表に出さず、最後はあっさりと「またね」。
このくらいの余白が、一番想像を掻き立てます。

何も起きなかったからこそ、次がある

次回、また会う約束。
次はゴルフに行こうという約束。

そしてLINEの交換。

一気に距離を詰めることもなく、何も起きなかったわけでもない。
この「何も起きなかった」という事実こそが、次を強く意識させる。
大人の関係というのは、案外こういう始まり方をするものです。

続きは、また。