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無我夢中のゴルフ

無我夢中とは何かに取り組んでいて我を忘れてしまうことです。時々、使う言葉ですよね。スポーツの練習していたり、トレーニングしているとき、仕事をしているときにも使う言葉です。

実は、無我という言葉も仏教用語です。別に仏教を憶えようとしているわけではないのですが、仏教用語のなかにはゴルフというスポーツをするうえで大切な言葉や意味がたくさんあります。

 

無我夢中の無我

ゴルフをはじめとしたスポーツでは無我夢中の「無我」の部分がとても大切な要素となってきます。無我とは、我を無くす、我を忘れる というような意味があります。それは、自分を無くす、自分を忘れるということになります。

ゴルフに夢中になっていて、とても簡単なことを忘れてしまったりしたときに、周りの人に「我を忘れている」と言われたりすることがあります。ゴルフに夢中になりすぎて、次のホールへの道順を間違えたり、グローブを脱いでポケットに入れているのにグローブが無いと探してみたり・・・ちょっと、おっちょこちょいな天然な感じになってしまいます。少し無我から外れてしまいますが、そういったことも無我に似たような事だと思います。

それは、何かをしていて、それに集中をしている時には、それ以外のことが疎かになっていることを指していると思います。簡単なことを忘れてしまうほど集中している状態こそが、無我に近い状態なのだと思います。

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無我は我を無くす、我を忘れる という 意味がありますので、自分というものが存在しないけど、ゴルフに一生懸命に取り組んでいる状態であるとも言えます。そのような状態が作り出せるのであれば、余計なことを考えることなく、ゴルフをすることが出来ます。無我な状態とは、自分が存在しない状態。自分が存在しないから、自分が考えることに惑わされることも無いので、スムーズに身体も動かすことが出来るのではと考えています。ただ、自分というものが存在しないければ、自分がゴルフのスイングを無意識のうちに身体が勝手に、または自動的に、本能的にしてくれるようになるには、相当なトレーニングが必要になると思います。トレーニングとういよりは修行に近いと思います。

もっと、判りやすく言えばゴルフでの無我は、アドレスを決めたら、身体が憶えているスイングをするだけです。自分を忘れているので、自分が考えたネガティブな要素、負の要素、不安、迷いすらない無いという状態です。故に、身体全体の緊張も無くスムーズにスイングができる状態の事を意味しているはずです。

百錬自得という言葉があります。百回以上も何度も練習をすることで、自ずと修得することが出来るというような意味があります。自ずと身体が動くまで練習をすることが出来れば、無我の状態になったとしても、身体は適切な動きをしてくれるだろうと思います。

無我とは、ゴルフでは自分で自分を縛り付けることから解放をするという意味で考えてみると、とても判りやすいと思います。アドレスをして、何度も素振りをして考えに考え抜いてショットをしてナイスショットが出たという人は少ないのではないでしょうか?私も同じです。考えれば、考えるほど、自分で自分を縛り付けてしまう。考える事こそ、魔がさしてしまう。それが邪魔。無我になれば魔すらも寄り付かないということなのかもしれません。

 

無我を追求していくと

無我を追求していくと、自分が存在しない状態だから、死んでいることに近い状態を意味しているように感じます。死んでしまえば、何も悩むことがありませんし、ゴルフすらしなくても良いです。「死ねば仏」という言葉があるように、何も無いことこそが素晴らしいことなのかもしれませんし、ストレスの無い状態なのかもしれません。

でも、本当に死んでしまっては意味がありませんから、そういった「死ねば仏」という境地に近づこうと僧侶の人たちは修行をしているのだと思います。死ねば何もかもから解放されます。その解放された状態が無我だと思います。それは、本当に仏の境地を意味しているのだと思います。

無我とは、我を無くすこと、自分を忘れること・・・それが出来れば、死ねば仏ではなく、まさしく夢の中に居るような居心地なのかもしれませんね。だから、無我夢中なのかも。

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何かをするから何かに悩む

人は生きていくなかで、何かをしようと考えますし、何かをしようと思います。何かをするから人間なのかもしれません。そして、何かをしようとすること自体が、自分で自分を縛ってしまうのかもしれません。

仕事をしているのであれば、必ず利益は追求したいと思います。稼ぐことが出来なかったら意味がありませんし、生活をしていくことが出来ません。だから、お金がたんさく欲しいと考えます。そして、仕事もたくさん欲しいと考えます。考えるというか欲します。でも、お金がたくさん手に入ったら、そのお金で何かを買おうと思ったり、何かをしようとしたりします。お金があれば、魔がします。色々な魔が入ってきます。もっと、お金を増やす方法があるよ とか 良い投資話しがあるよ とか そういった魔が差します。邪魔が入る。その魔に勝てるのかどうか・・・ゴルフも似たようなことがあります。魔が差すことはいくらでもあります。

昔は携帯電話なんて無いという時代がありました。固定電話が主流でした。今は、携帯電話は当たり前で、携帯電話どころかスマートフォンも普及しています。便利なデバイスが普及したことによって、今までに感じることの無かったストレスすら感じる時代となりました。何かをするから何かに悩む、何かをするからストレスが掛かるのだと思います。携帯電話もスマートフォンも無かった時代の方が、落ち着いて生活ができるし、落ち着いて仕事が出来ると感じることがありますし、携帯電話やスマートフォンが邪魔だと思うこともあります。

ゴルファー故の魔 というものもあります。

無我の状態を如何につくるのか、本当に無我な状態になれるのか、それは真剣に修行が必要なのかもしれませんが、出来る限りの努力はしていこうと思います。

日々、精進

頑張ります!

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2017/9/16 1:38